Novel
01/茨をもつげる
「だけど俺はね、アリーセ・シュトルツ。あんたのことが、大嫌いだよ」
そうして、いまだ涙にぬれた翡翠の瞳をうつくしく歪めた少年は、あざやかに笑まい、言い切った。
02/つづれる言葉
先代グレーティアは雨に触れるごとにしずくを花にしたし、先々代は記した文字が花になった。
古くには、風を縒って花を紡いだ祭司も存在したという。
ひるがえって言えば、その異能無くしては、何人たりとも花祝ぎとなることは許されないのだ。
03/名前をたくす
確かに、アリーセ自身、心の片隅に疑問は持っていた。
自分はほんとうに、旧女王領に居るべきなのか。
あの時、フローリアンを謗った自分は、ほんとうに古い祭司の力となれているのか。
当代の花祝ぎである彼へ、花祝ぎにはけっしてなりえない自分はただしく、託すべきことを託せているのか、と。
04/まどろみに花
「フロウ。お帰りなさい」
フロウ、と。愛称で少年を呼ばわると、彼は「ただいま」と彼女に返す。
ともに暮らし始めて半年以上の時間が過ぎ、いつしか二人の距離は少しずつ、柔らかなものへと変わっていた。
05/祝いとなみだ
「偉大なるかな、去れり女王よ」
森の中にそびえる祭殿の建物の中でも、最も大きな礼拝の間。
その最奥に設えられた、大窓に向く祭壇を前に、少年の声がたかく響き渡る。
06/きみへ繋がる
「おひさしぶりです、グレーティアさま」
アリーセが墓標の前でかがみ、声をかけると、フローリアンもそれにならった。
そっと墓前に花をそなえ、二人はしばしの間、亡き人へ祈りを捧げる。
グレーティアの死から、およそ一年がたとうとしていた。
彼女の命日は、ただしくはあと二週間ばかり先なのだが、二人は今日この日を選んで、墓前に参じた。