1
「おはよう、ルイリ」


2
「水魔の私が、返せる言葉はないよ」


3
「この子は、フィーア。俺の弟子」


4
 じゃあ、冬厄が去ったというなら、
水魔はどうなった?


5
「むかしにした約束を、
いまでも守ろうとしているくらい」


6
「もう、逃げないでね」




《 4 》

 そして、少しばかり常ならない、夏の日々ははじまった。
 たしかに私が過ごしていた夏からは、いまは遠く離れ去っているようで、細かな違和は端々に垣間見えた。
 最初は、いままでの夏のようにルイリと過ごすことに、あるいは代々の住人があいした家の手入れに時間をさいていた。けれどどうしてか、次第に私は、フィーアと並んでなにかをこなしていることが多くなった。
 たとえば、以前は私がルイリと四苦八苦しながら片付けていた家事は、フィーアがてきぱきとこなしていた。私は当初それをうらやましく思いながらのろのろと手を出すのみだったが、いつからかフィーアに教授される身となっていた。
 ルイリはよく部屋に籠ってなにか書物や書面に没頭しているが、そこに私は近づかない。
 一度姿の見あたらなかったルイリを探し、書斎へ顔を出そうとした私は、それを見とめたフィーアにきつく注意をうけた。師の邪魔をしてくれるな、と。いまは冬厄の後処理にかかわる大切な書面も、書斎には多く置かれているからと。
 そう言うフィーアもやはり弟子であるからか、時間ができればよく書斎から本を借り出しては自室にこもってそれらを読んでいるようで、熱心さがうかがえた。
 しかし当のルイリ本人は、そうやってながく書斎にこもる以外の時間を、私の側にやってきて、サリエ、サリエとしきりに私に声をかけては、隣で時間をすごすことに割いている。
 以前はもう少し実践的な研究に時間を割いており、一番近い町まで出向いていってまじないの仕事をとってくるなど、呪術師らしい行動も多かった気もする。
 書類仕事が多くなったこと、弟子をとったこと。それもまた三年間のうんだ差異だった。
 変化は、それだけではなかった。
 やはり一番大きいのは冬厄にまつわることで、招かれてから数日目、ルイリとフィーアとともに、生活の品を求めて出向いた近くの町でも、その爪痕はまだいろこくのこっていた。
 人々の笑みはどこか疲れており、みかける植物の数はぐんと減っていた。収穫の量も十分ではなかったようで、フィーアとともにおもむいた市場でも、食料の値は以前とずいぶんと違っていた。
 フィーアは言った。これでも、ゆたかなのであると。
 この地方を覆った冬厄は、秋のみのりを根こそぎ奪い続けたのだ。春が芽吹かねば秋のみのりも訪れない。
 それでも、王国はひろい。冬厄の訪れなかった他の地方はその間も収穫があったから、さまざまな物資がこの西地方のすみずみまで運びこまれた。同時に他の地方へ、人々は移り、また逃げもした。そして、半年前。とうとう冬厄は退けられ、彼らは生きながらえたのだ。いまでは、長い冬に閉ざされていた故郷へ、戻ってくる者も多いという。
 人間の世界の、そのようなさまを知り、私はなにも言えなかった。
 冬厄は、人々の生活を大きく崩したのだという。
 けれど冬厄をもたらしたという北西の泉の主は、私とおなじ水魔なのだという。
 やがて、いずこかへの手紙を出すため一度行動を別にしていたルイリと合流した後に、私はひとつだけ尋ねごとをした。
 ルイリ。冬厄をもたらしたのは西北の泉にすむ水魔だったと、言ったよね。じゃあ、冬厄が去ったというなら、水魔はどうなった?
 帰り道で背中越しに問うた私に対する、答えは単純なもの。
 死んだよ。終わらない冬の原因が分かった時、事態を解決するために王令が発せられた。そうして集められた人間のうちの、たったひとりに殺された。水魔が弑されて、冬厄もゆるやかに去っていったよ。
 告げられた言葉に、私はそうか、ありがとう。と、それだけ返して、振り返りもせずに先をゆく、ルイリの背中をただぼんやりとみつめていた。
 自分が聞いたことだというのに、こたえをたやすくは、うけとめられそうにはなかった。
 この会話を聞いていたのだろう。傍らを歩いていたフィーアに、少しばかり怪訝そうに、サリエ殿は冬厄の間、遠方にでもいらっしゃったのですか。と尋ねられるまで、彼から視線をそらすこともなく。
 返答代わりに、フィーアへと曖昧にうなずいて。そしてあらためて、確かに私は遠くにいたのだなと感じとった。
 隔てられた、水面のこちらとあちら。
 湖の水底に眠っていた私は、ルイリから遠く離れていたし、湖に棲まう水魔の女主人だと名乗る以上、ルイリの隣には立てないのだ。いまだって、むかしだって。




  



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