境の坂井に咲く水守




 参る、参る、御前が参る。
幸菱映え、帯白く。花の顔、喉白く。
花嫁御寮が坂井へ参る。


 領主一族の姫君が、境界線をこえて嫁いでゆく。
境の坂井と呼ばわれる、御山の神域へ参りゆく。




同じ神域を重んじ、
同じ御山の神を奉ずる東西の双領の一帯では、
時折その身に自身の御祖に似た特徴をもつ、獣返りの異形が生まれる。


数え十五の (みはれ) は、そのような獣返りの子であると、
異形の子であるとされるがゆえに、神域の門をたたいた。
俗世に在ることは、もはや望まない。望めない。


なにせ。
今までのようにただ養母に守られて、
成人として身を改めることすらままならず、
ただ城の奥で生き繋ぐだけでは、
屍でいることと同じだった。




その頭上には朽木めいた細い枝が、
まるで雄鹿の角のように生え、
葉のつかない枝分かれした木の肌からは、
たださやかに透ける琥珀のごとき黄金の花が、
ちいさくいくつも芽吹いていた。


かくて境界線上の神域で、
獣返りの名で厭われる、少年と少女はあいまみえる。
東西の双領にあっては異形以外のなにものでもない、
常ならぬ身を互いにさらして。


 顔立ちは冴えて穏やかならず、
くっきりとした目元はすうととおって涼しい。
瞳の色こそ宵夜の深い黒とはいえ、結われた髪は、
さながらひかりを縒り流したがごとく、黄金。
そのきらびやかな彩とするどい面差しは、
領主一族の御祖なる霊狐に似て。




「獣返り」
そう称される少年少女が
境界線上で手繰り寄せる、
呪いと祈りのその顛末。





「Lithos‐六色の宝石物語‐」
寄稿作品


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